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山歩き・里歩きMap 八幡市の男山コース(ハイキング)


八幡市の男山コース   八幡市男山とその周辺
  最寄り駅:京阪八幡市駅
  関連エリア:淀←桂川→背割堤淀川サイクリングコース
        かわきた分流堤
八幡市男山地図
こもれびルート,ひだまりルート,せせらぎルート,神應寺(神応寺),杉山谷不動尊,男山ケーブル,
狩尾神社,大谷川,男山レクリエーションセンター,石清水八幡宮,ビルマ僧院跡,鳩ヶ峰
 八幡市ってなんとなく懐かしい雰囲気があります。よく行くからでしょうけど、親しみを感じさせる町です。よく行く男山とその周辺を紹介しましょう。



狩尾神社
 橋本狩尾(はしもととがのお)にある狩尾神社に初めてのぼってみました。橋本じたいが小高い丘ですが、その中でポコンと高く盛り上がった場所にあるのが狩尾神社。橋本の町や木津川方面を展望する。おりるときにびびった。恐ろしい急角度。


 男山にはハイキングルートがないと、しばらく前まで思いこんでいました。多くはないけど、いくつかありました。男山散策路の、こもれびルート、ひだまりルート、せせらぎルート。三つ。

 ハイキングルートが乏しいのには理由がありそう。地権者が閉鎖的。山の持ち主が開放的なら、どんどんルートが整備され、山が活きてくると思う。反面、荒される心配もあるんでしょうけど。

 こもれびルートの起点は神應寺(神応寺)と男山レクリエーションセンター。神應寺は石清水八幡宮の第一鳥居と走井餅の間の小道を入ったところ。その奥に杉山谷不動尊がある。

 神應寺の鳥居の脇の注意書きに「金属製なので清めの塩をまいたりしないでほしい」と書いている。不動尊も神應寺も仏教であって神道ではないのに鳥居が立ち、神道風な佇まいを感じさせる。


男山ケーブル
 こもれびルートの途中から見下ろす男山ケーブルの路線。スウェーデンの楽器、ニッケルハルバを連想させる美しい形。

ニッケルハルバ


ニッケルハルバです。



男山の紅葉
  お山も美しいですね。 

杉山谷不動尊の鳥居
どこが寺やねん、な鳥居  


 コースから基本的に石清水八幡宮は外しています。有名だからくどくど説明する必要はないでしょう。さほどたいしたものはないので、ついでに見るという程度で。

       2010.11.19

[追記2018.12.17]
 石清水八幡宮から杉山谷不動尊へ直接入る道は封鎖されてしまいました。写真は杉山谷不動尊の十一面観音堂の西側。
封鎖
 ひきめの滝へはつながってました。相当に道は荒いです。ほとんど利用されてないと思う。



 今日はビルマ僧院跡の調査がメインです。

ビルマ僧院跡

 こもれびルートの北側起点のすぐ近くから、ビルマ僧院跡に通じる道を見つけました(下の地図を参照)。15年前の写真ではまだ壁が残ってましたが、崩壊しています。

ビルマ僧院跡

 元海軍軍人病院などというデマもあり、一部で心霊スポットとして盛り上げる風潮がありますが、心霊スポットではありません。個人の敷地内なので、あまり派手なことは慎んでいただきたい。


石仏と記念碑

 そのすぐ北に石仏と記念碑があります。こちらは原型をとどめている。近くだが、無関係でしょう。石碑には「天業恢弘八紘一宇」という、軍国主義の権化のような文言が彫ってあります。どこのアホがこんなの建てたんでしょ。「業」の字が「糞」に見えてしかたないんですけど。


 石碑の脇から北へ下りていく道がありますが、残念ながらこちらは封鎖。絶対出入りできません。南側以外、出入り口はありません。

立入禁止静かに!



 ここの二つの遺跡?に関する説明では、以下のページが最もまともと思われます。

「八幡軍人病院」再訪


ビルマ僧院跡の地図





[追記2018.12.21]
ビルマ僧院跡

 ビルマ僧院跡、再度の調査。建物の敷地面積がだだっ広く、おまけに竹林に妨げられ、全体を一枚で写すことが不可能なことに気づいた。

 で、パノラマ写真。じゃないけど、2枚をつないだ。

 上から眺めて気がつきましたが、切った竹をどっさりかぶせている。遺物を見えなくさせるためと思われる。

ビルマ僧院跡

 2010年前後と思いますが、北からの入り口は封鎖されました。同時に建物を破壊したようです。心霊スポットとして有名になり、夜中に大声を出したりして騒ぎたて、近隣の迷惑になったということです。

 遺跡としては跡形もないように破壊したらしい。ここまでやればアホな連中が来ないだろうということで。大量の竹をかぶせたのも、そのためでしょう。それらしいものが何もなければ、誰も来ない。

 京都府八幡市 ビルマ仏教布教センター予定地跡 ここの記事によれば、ここは「ビルマ仏教布教センター予定地跡」が正しいようです。


 近くにある石碑と石像には手をつけられておらず、そのまま残っています。これとビルマ僧院跡とは無関係。1940年の10月8日、八幡で紀元2600年記念の「天業恢弘八紘一宇記念塔」の除幕式があったという記録がある。 1940

 石像に関しては由来がわからない。同時に建てられたものと考えられるけど。

 像の向きが気になった。東北に向かって立っている。京都御苑の方向かと思ったが、大きくずれる。その方角にあって思いつけるのは伏見稲荷ぐらい。意図不明です。

遥拝指標

 遥拝指標がある。ここには「京都御苑」もある。が、像の向きとは違っている。向きを間違えた、ということはなかろうが。

石像が手にしているもの

 手にしているものも、先が破損してるので、よくわからない。この仏像はなんという仏なのか。それがわかれば見当もつくが。


 ビルマ僧院跡(ビルマ仏教布教センター予定地跡)は1957年。記念塔はそれよりも早く、1940年。無関係なのは間違いないとして、なぜこんな近くに日本釈尊正法会が布教センターを建てようとしたのか。なんの関連もなさそうなんだけど。





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