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山歩き・里歩きMapの20 一ノ井川と東一ノ井川(嵐山)

嵐山の地図
 クリックすると写真がポップアップするポイントが何箇所かあります。
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桂川,松尾大社,月読神社,円形分水,逆サイフォン方式

一ノ井川と東一ノ井川
  最寄り駅:阪急電鉄嵐山線 嵐山駅&松尾大社駅



 保津川下りの揚船場(舟揚げ場)が中之島の南側にある。ここからトラックに積まれ、亀岡まで運ばれる。揚船場の脇に用水路の取水口があるが、人目につかないため、知っている人は少ない。ここが一ノ井川と東一ノ井川のスタートポイントなのです。

 この二つの用水路は農業用水として作られている。なのに水路は一貫して住宅街を走り抜け、周辺に田畑がない。僕が知る限り、50年間は農業用水として使われていない。

 50年前にはまだ、東一ノ井川周辺に一部、田んぼがあった。このあたりは急速に住宅化していき、農地が消滅した。

 実際の水路を見てもらえたらわかるように、どっちの水路にもたっぷりの水が流れている。なんのために流し続けているのか、という疑問が以前からあった。子供が水辺に親しむような構造になっていない。水量が多すぎ、水深もそれなりにあるので、子供が川に入れば土左衛門が続出しそうだ。川は無言でひたすら流れゆき、取水した桂川に戻るだけ、なのか。

 利用してないと断定するには水路のルートを正確に知る必要がある。が、予想外にこれが難しかった。東一ノ井川はともかく、一ノ井川のほうは月読神社あたりから地面の下を潜ってしまう。ある程度はその先の方向が推測できるものの、行き先は結局わからない。




 古い地図を探した。描かれた水路を現在の地図にあてはめる作業をした。いろんな地図があるが、はたして正確なのかどうか。

 長岡京市まで続いてるという記述を見た。途中で分岐したり合流したりしてるようで、行く末を追いかけることが徒労に感じられたので、やめることにした。現地の探索も、嵐山から松室エリアまでに限定した。




 ちなみに嵐山というのは、渡月橋の南詰から松尾大社あたりまで。松室はその南のエリア。松尾という地名もあるが、さらに南。松尾大社は松尾ではなく嵐山にあります。どうでもいいことですが。

 「一ノ井川と東一ノ井川」と書いたが、二つ合わせて「桂川用水」「洛西用水」と記述しているものも見られる。同じことなのか、エリアによって使い分けてるのかもわからない。正式な名称が何なのか、はっきりしない。




 この水路で注意するポイントはいくつかある。月読神社あたりから一ノ井川は暗渠になる。地下で東の方角へ向かっているものと推測されるが、行き先は不明。西南にある水路は北上してるので、ここにつながってると勘違いしてはいけない。おそらく合流して西に向かっているものと思われる。調べるにはトンネルに入るしかないが、危険なので遠慮しておく。

 一ノ井川は途中に分流したポイントがある。分流は西方に向かい、グランプリエというイタリア料理店の南で東一ノ井川に合流してるように見える。ここは水路の高さが違っている。東側からトンネルを覗くと、並行して東南に走っていることがわかる。一ノ井川分流は中途から暗渠になり、行き先不明となる。

 東一ノ井川が西芳寺川とともに桂川に注ぐポイント。ここで北へ向けて直角に折れ曲がっているが、実はここで分流している。半分以上の水はそのまま直進し、西芳寺川の下をくぐって円形分水へ吹き上がっている。

一ノ井堰碑 洛西用水円形分水

 この設備は、各地域へ公平に水を分配するために作られたものです。南に向かって走っている二つの水路へ分配されている。

 田畑はないので、今は機能してない。歴史遺産的な設備だ。こうしたものは貴重な街の風景。壊さず、永久に残してほしい。

 ちなみに東一ノ井川と西芳寺川の交差は逆サイフォン方式です。別のページで使った画像を流用します。「白川」を「西芳寺川」に、「疏水」を「東一ノ井川」に読み替えてください。

逆サイフォン 逆サイフォン


 この交差の西北にも水路の交差がある。こちらはただの立体交差。東一ノ井川の下をくぐってるのは一ノ井川分流ではないかと推測しています。水面の高さと水量が根拠です。理屈は合うが、なぜこの分流が必要だったのかについては、さっぱりわかりません。工事費に見合う価値が見えない。


 2016.11.19


[追記}
一ノ井堰碑

 「一ノ井堰碑」という石碑が取水口脇にある。碑文は以下のとおり。

京都府知事 林田悠紀夫

秦氏本系帳によれば山城地方の開発につとめた大
豪族秦氏が秦の昭王の事績にならって   当時の日
本にはたぐい稀な葛野大堰をつくったとされている
そしてその築造の時期は五世紀頃と考えられ   その
場所はこの地附近と推定されている   また応永二十
六年(一四一九)に描かれた桂川用水路図には法輪寺橋
のやや下流の右岸に一ノ井と云う名称で用水取入口が
記入されているが   それから見れば現在地がそれと同一
場所であることに間違いない   その当時この樋門は松尾
桂川岡の十ヶ郷の農地灌漑用水路として潤っていた

 昭和五十五年二月建之 一之井堰並通水利組合

 そんなに起源が古いのか。なら、形を残してるのは歴史的価値をみてのことだということになる。
 水路は街の空気をかもす。そういう価値があるから、用をなしていなくても街の中で生きている。




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